歌

〜 音階にのせて 〜
柚実は突然、鞄をあさり始め、携帯電話を取り出した。
この時間が、茉莉の楽しみのひとつだったりする。

パソコン以外の情報取得手段を持たない茉莉は、柚実の携帯が受信する情報を心待ちにしている。
まして、茉莉のパソコンはリビングにあり、下手なサイトは見ることができないのだ。

いつも見たくてもこの時間にしか見られないサイト。
茉莉の楽しみのひとつ。

「はやく、はやく」
メールチェックをしている柚実を急かす。
「あー、はいはい。なんであんなサイトにはまるかなぁ・・・あたしもだけどさ」

あんなサイト。柚実の口から何気なく出た言葉。
そのサイトは―――

画面に映る黒い背景。赤いタイトル文字。紫のリンク。赤紫のアクティブリンク。
『いかにも』という言葉が相応しい自殺サイト。
これがいつもの、変わらない日常の一片。

「あぁくだらない。もっと深刻なもの抱えて生きてる人はたくさん居るのに」

共感する悩みの者もいるが、その者も含め、“死”に値するような悩みではない。
どのスレッドを見ても、父親を母親が目の前で殺害する、なんて経験をした茉莉にはすべてがくだらない悩みだ。
(だがそれは客観的に見て、だが。主観的にとらえれば、すべてが深刻な悩みなのである)
一緒に死にましょう、なんてレスがいくつかついているが、きっと最終的には、お互い辛いですが共に頑張りましょう、なんてありきたりな言葉で慰めあうのだ。
この中の何人が実際に死んだだろう。
おそらく、スレッドの数の半数以下だ。もしかしたら一割以下かもしれない。



今日も何気なく見た自殺サイト。
「ん?」 茉莉の目を引いたのは『集団自殺しませんか?』の文字。
今やこのサイトは悩み相談サイトと化しているのだ。
最近では、タイトルに「自殺」の文字が出る事はほとんど無かった。
茉莉は、決定ボタンを押した。